コラム
COLUMN
前田悠也
第29回:選手との距離感

球団通訳者の仕事は、言うまでもなく公私にわたり選手に寄り添って支えることです。
特にシーズン中は、遠征先でも行動を共にして、ときには互いの家族より多くの時間をいっしょに過ごします。しかし選手も人間です。通訳は必要不可欠な存在であると同時に、四六時中そばにいられるとうっとうしく感じてしまうこともあります。日ごろから結果を残し続けるプレッシャーにさらされている彼らには、他人の目を気にせずにくつろぐことができる場所が必要です。
プロ野球のロッカールームは本来、選手しか立ち入ることのできない聖域です。ここは彼らにとって憩いの場であると同時に、外出時には常にファンやマスコミの注目を浴びる選手たちが、一瞬それを忘れて心を落ち着かせることができる唯一の場所でもあります。通訳は常に選手の近くにいますが、彼らが必要以上のストレスを感じるのを防ぐため、ロッカールームに立ち入ることは極力控えるようにしています。むろん業務上必要な場合は入室しますが、滞在時間を極力短くして、外国人選手はもとより、周りの日本人選手にもできるだけ迷惑がかからないように努めています。
また試合前に集中力を高める際のルーティンも、選手によって異なります。入浴したり、タオルを頭から被って仮眠を取ったり、イヤホンをして音楽を聴いたり、母国にいる家族と通話をしたりと、その方法はさまざまです。そうして思い思いに過ごしているときに話しかけられるのは、たとえ相手が気心の知れた通訳であっても選手にとっては心理的負担になりかねません。選手の様子を観察して、話しかける的確なタイミングをうかがい、必要な伝達事項があるときにはあえて携帯にメッセージを残しておくなど、選手の「自分時間」を邪魔しない工夫も球団通訳者には求められると思います。
前田悠也
東京都出身。中学から米国に留学。現在、巨人軍英語通訳