COLUMN
第28回:サインの暗記

野球にはさまざまなサインプレーが存在します。捕手が投手に球種を指示するものや、監督、コーチが打席に立つ選手に出す攻撃用のもの、ベースコーチと呼ばれるグラウンドに立つコーチから出塁したランナーへ出すもの、ベンチから守備に就く選手に守る位置を指示するもの、相手走者が2塁に進んだ際、内野手から投手に牽制を指示するものなど、サインの種類は多岐にわたります。
前回のコラムでも少し触れましたが、球団通訳者はこれらのサインを暗記して、選手に的確に伝達する必要があります。言うまでもありませんが、いざサインが出ても選手がそれを理解できなければ、例えばヒットエンドランなどの、打者と走者の意思疎通が不可欠な場面でもチームプレーが成り立ちません。走者がスタートを切らずに打者が内野ゴロを放てば併殺に倒れ、打者がスイングせずにランナーだけが盗塁を試みれば補殺される可能性もあります。また守備でも、遊撃手からのサインを投手が理解できず、誰もカバーに入っていない2塁に牽制球を投げ、これが外野を転々とする間に2塁走者が本塁に生還して失点する可能性もあります。
作戦が緻密なことで知られる日本野球には、諸外国ではほとんど行われないサインプレーがたくさん存在します。初めて来日した外国人選手の多くは、まずサインの多さに驚きます。選手のポジションによって記憶すべきサインは異なりますが、グラウンドに立てば選手は通訳に助けを求めることができないため、春季キャンプの中盤、オープン戦が始まる直前のタイミングで選手に一通りのサインを説明して覚えてもらいます。しかしこの説明をするにあたって、まずは通訳がサインの内容を理解していなければ始まりません。大学まで投手だった私は入団当初、守備のサインに関しては若干の心得がありましたが、攻撃のサインについては知識に乏しく、実際に現場で野手の外国人選手に付いて勉強を重ねました。拙い通訳で選手に迷惑をかけることもありましたが、そのたびに「これはこう言うんだ」と教えてくれた心優しい選手たちのおかげで、今では一軍の野手担当としてベンチに入ることができています。
攻守のサインを理解して、それを的確に選手に伝達することも球団通訳者の重要な業務の一つです。
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前田悠也
東京都出身。中学から米国に留学。現在、巨人軍英語通訳