コラム

COLUMN

加藤直樹

通訳者はメッセンジャー?(前編)

みなさんこんにちは。読売巨人軍スペイン語通訳の加藤直樹です。
前回コラムでも書いたように、春季キャンプを通じて選手やスタッフはシーズンに向けて準備を進め、通訳者も選手との信頼関係を構築していきます。そしてキャンプが終わるとオープン戦を通じて実戦を繰り返しながら調整していくわけですが、シーズンが近づくにつれて戦略的な話や選手のパフォーマンスに関する指導を通訳する場面が増えていくなど、少しずつチーム内にも緊張感が漂いはじめます。ここで私が気をつけているのは、「内容によってメッセンジャーになっていいかのかどうか?」という点です。

■「伝えておいて」には要注意
私が通訳となった一年目のことです。上司の方に、「伝えておいてと言われてメッセンジャーになるのは避けて、必ず『通訳するので直接伝えてください』と言うように」と言われていました。これにはいくつか理由があるわけですが、一つは第三者(通訳)を介すことで発信者の意図がズレて伝わってしまうことを極力避けること。特に、技術的あるいは戦略的な内容になればなるほど、正確に伝えるためには当事者同志が理解し合っているか確認できる対面で直接伝達されることが望ましい。一度で理解できなくても質問をしてその場で疑問を解消することもできます。もう一つは、伝えておくように言われて選手に伝達した際に、その指示内容が外国人によって履行されていなかったとき、通訳者の責任にされることを避ける意味合いもあります。よくある例に、首脳陣からサインプレーの確認を通訳に任された時があげられます。日本の野球はスモールベースボールと称されることが多いように、サインプレーなど細かい戦術が多く駆使される一方で、米国や中南米の野球ではサインはさほど多くありません。そんな外国人選手に通訳者が頑張って説明をしたとしても、サインプレー実践になると苦戦する場合がほとんどですが、そんなとき「通訳がちゃんと説明できていないからだ」と責任をなし付けられる場合があります。故にサインなど戦術に関することは必ず「直接説明してもらえますか?」と依頼することが大切です。

■メッセージの重要性を把握し判断する
とはいえ、いつも必ず外国人選手と通訳者が一緒にいるとも限らず、たまたま通訳だけを見かけて「〇〇に伝えておいて」と言われることは日常的にあるのが実際で、その都度「選手を呼んでくるので待っていてください」「通訳するので選手のところに一緒に行ってください」と対応するのは杓子定規すぎて、堅苦しい通訳者という印象を持たれてしまいますね。大事なのはメッセージの重要性を把握し、通訳者が代わりに伝達していいものか、発信者が直接選手に伝えてもらったほうがいいのかを判断できることです。練習時間の変更や球場設備の案内など事務的なものは通訳者が伝達してあげて問題はないと私は考えますが、一方で上述にあげたサインなど戦略的な内容や、バッティングやピッチングに関する技術的な内容はやはり直接説明をしてもらった方が選手の理解も深くなるでしょう。

今回は日本人が外国人選手にメッセージを伝えたいときについて書きましたが、逆も然りです。外国人選手が通訳者に「伝えておいて」と頼むこともよくあります。次回コラムは外国人選手が日本人の誰かに何かを伝えたいときの通訳者の対応について書きたいと思います。

加藤直樹

加藤直樹

福島県出身。スポーツメーカー勤務後、独立行政法人国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員として活動。その後、ジャイアンツアカデミーコーチを経て現在、巨人軍スペイン語通訳。

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