COLUMN
第16回:普段耳にすることのない日本語とその対訳
野球界には、日常生活で出会うことのない「業界用語」がたくさん存在します。
これらの用語は辞書に載っていないため、野球経験のある人を除いて、実際にその業界に身を置かなければ理解できないものが多くあります。先月のコラムでは、ネイティブスピーカーには理解してもらえない和製英語について書きましたが、今回はいわゆる「野球用語」とその訳し方について書きたいと思います。
まず、投手のストレート、特にフォーシーム・ファストボールの特徴を表す言葉として、「ふけあがる」という表現があります。「ふける」、「ふけてくる」とも表現されるこの概念ですが、回転数の多い、伸び上がってくるボールを指します。特に日本人投手の場合は、高めの真っすぐが「ふけあがる」傾向の投手が多いため、打者はストライクと思ってスイングしても結果的にストライクゾーンよりも高めに浮いたボールに手を出すことになり、空振りや凡打の可能性が高くなるため、打者担当のスコアラーから選手に相手投手の特徴を伝える中で多用される表現です。この「ふけあがる」の対訳は“carry”です。
“His up-and-in four-seamers carry”と言えば、「彼が内角高めに投じるフォーシームはふけあがってくる」という意味になります。“carry”は通常、「持ち運ぶ」、「運搬する」などを意味する動詞ですが、野球においては投球や打球が「伸びる」ことを意味します。
次に、特に打者の身体の使い方を表す表現として、「めくれる」があります。「爪がめくれる」、「シャツがめくれる」など、日常的な会話では何かが裏返しになったような状態を示す言葉ですが、野球では少し違った意味になります。「前足がめくれる」のように使われるこの表現は、「身体が開くこと」を意味します。身体が開くとどうなるかというと、簡単に言えば力(パワー)が逃げてしまいます。それでは強い打球を放つことはできませんし、ボールを引き付けて(ぎりぎりまで呼び込んで)打てないため、引っ張った打球がファールゾーンにしか飛ばないなどの問題が起こります。調子を落としているバッターは、無意識のうちに「めくれて」しまっているケースが多いため、打撃コーチが選手へアドバイスを送るときなどによく使われる表現です。この「めくれる」の対訳は“fly open”です。“Try letting the ball travel a little bit more so you don’t fly open”と言えば、「もう少しボールを引き付けて打てば身体が開かずに済む」という意味になります。ちなみに「めくれる」は主に打者に対して使われる表現ですが、「身体が開く」という“fly open”は投手に対しても用いられます。
他にも業界用語はたくさん存在していますので、次回以降のコラムでも取り上げていきたいと思います。
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前田悠也
東京都出身。中学から米国に留学。現在、巨人軍英語通訳